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外資系経理マンのページ

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二人


テレビをつけると7時のニュースが終わりかけていた。

「できたわよ」

 女とふたりで食卓を囲む自分も、これまでの人生、きのうまでの人生で想像つかなかった。

「じゃあ、二人の出会いにかんぱーい!」

 ちょっと汗ばむ陽気であったせいだろうか、喉越しのビールがおいしく感じられた。松林の飲みっぷりも堂に入ったもので、喉をならしながら350ミリリットル缶を飲み干した。

 そのとき、柴のなかに男としての感情が沸き上がってきた。まだ、衣服もほどいていない、松林の身体を、ぐいっと引き寄せた。彼女は抵抗するでなく、柴に身体をあずけた。

「柴さん、ごはん冷めちゃうわよ、せっかく作ったのに。。。」

 もう、松林の声は柴の耳には届いていなかった。そこには、柴の理性は存在を許されなくなっていた。

 柴が我にかえったとき、時計はまだ夜の八時を過ぎたばかりであった。

「ごめん」

 おもわず、柴の口をついてでたのは、このひとことだった。

「なんで、そんなこというの?」

 なんで、と言われても柴は、そのとき理性を喪失した自分を、いたく恥じた。ふだんの柴であれば、とらなかったであろう行動だったからだ。

「だって、君とこういうことになってしまって、なんて言っていいか」
「あなたは何も悪くない。運命だったのよ」
「運命?」

 松林は乱れた髪をドレッサーのブラシで髪をなおしながら言った。松林の話だと、夢のなかで柴がでてきて自分と結ばれるとお告げをしたらしい。それが、なぜ柴かというと、やはり、最初に会話をかわした男性ということになっていたらしい。

しかし、そのようなことがあるのか?柴は、最初に会話した女性というお告げだった。これも表裏の関係か?彼女はまだなにかを隠している。それが何か?柴に近づいた理由もそのあたりにあるのではないか?と思った。

「でもさ、宝くじ売場で出会った自分に、こうして出会えなかったら、どうやって探し出そうと思ったんだ?」
「だから、運命とおもったんじゃない。わたしもなかばあきらめてたんだから」

 実際のところ、柴の問いに対する答えにはなっていなかった。

しかし、こうなってしまった今、好意以上のものを松林に感じ、男と女の関係になってしまったのも、また、事実に相違なかった。夢が、いまひとつ科学的には理解しかねるあの夢が媒介してくれたとはいえ、いまとなっては、どうってことはなかった。

 その夜、柴は松林の部屋にとまった。


 次の日、柴は何ごともなかったかのように装いつつ、出勤した。朝は30分ほど早めに新宿に着いたが、駅構内にあるロッテリアで、時間をつぶして出勤した。無精は日常茶飯事なのが幸い、昨日と同じネクタイでも誰もいぶかしく思わない。ただ、下着が少々汗臭くかんじた。

柴はいつものように、パソコンのスイッチを立ち上げた。いつも、柴は始業の15分まえにくるようにしているが、45分まえだと、さすがに人はまばらだった。

すると突然、IPメッセンジャー*が立ち上がった。

「その調子よ」

柴は焦った。ネットワークをみても150人の社員のうち、サーバーをのぞけば柴以外に3台が立ち上がっているだけだ。だれだ。


*IPメッセンジャー  メールサーバーを介することなく、ネットワークのコンピュータ同士で、やりとりできるメッセージ交換システム


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